現代山形考〜藻が湖伝説〜


〇一   直す/治す  ということ

最終更新日:二〇二〇年九月一一日

最終更新日:2020年9月11日


薬草
浅野友理子

山間地域を訪れ、薬になる植物について尋ねる。

自生する身近な植物は、ときには薬としてこの土地の人々に寄り添ってきた。雪深い地域の冬の保存食として親しまれている栃の実。その用途は広く、昔は薬用にも使われていたそうだ。温泉街の商店、奥の棚に並ぶ熟成された薬酒。女将さんは裏山に生えるいくつもの植物の名前を呼びながら、それぞれの効能や採集時期、保存の方法について教えてくれた。

受け継がれてきた知恵、薬草にまつわる記憶を聞き歩きながら、今も活用されているもの、あるいは人々の思い出の中の植物たちに出会う。植物とともに語られるエピソードからは、その土地のかつての日常の記憶がよみがえる。

この春から夏の終わりにかけて、旅先で出会った植物を自分の住む土地で見かけることがあった。試しに採集してみる。観察しながら描いていると、訪れた土地でのやりとりを思い出す。山で生きる人々の姿を重ね合わせながら、薬草の姿を版木に彫りこんだ。


01-4-a  《マムシグサ》
春の山を歩くと、不思議なかたちの花に出会う。秋には姿を変えて、真っ赤な実をつけていた。鶴岡の大鳥では、このマムシグサをヘビの大モジと呼ぶ。根の部分を皮のついたままの栃の実と一緒に焼酎漬けにしたものを、神経痛や腫れたところに塗って薬として使っていた。マムシグサには毒がある。使い方を間違えるとかぶれてしまうこともある。毒のあるものは薬になる。


01-4-b  《ツチアケビ》
「橋のたもとに2本の真っ赤なツチアケビが生えていた」。祖母とお墓参りに行く途中のこと。何十年も前のエピソードだが、いまでも鮮明に覚えているそうだ。珍しいので、見つけると必ず摘み取った。逆さに干して煎じて飲んでいた。婦人病の薬として使っていたと聞く。湿気っぽい岩場のようなところに咲いている。肘折温泉のお肉屋さんの棚には、いまでも焼酎漬けにしたものが並んでいる。


01-4-c  《トチノミ》
秋になると、栃の実の採集が始まる。冬を乗り越えるための食糧として大切にされてきた栃の実。この木の実は薬用にもなるそうだ。大鳥ではマムシグサの根やホオズキの実と一緒に少し潰した栃の実を焼酎漬けにしていた。骨の減った人、打撲、打ち身に効いた。昔は薬がなかったため、どこの家でも作っていたそうだ。


01-4-d  《トチバニンジン》
肘折の宿の女将さんは数種類の薬酒を日々の楽しみのひとつとして作っている。温泉に浸かったあと、フシニンジン酒を一杯ひっかけさせてもらった。苦くて、少しだけ飲むくらいがちょうど良いものだった。さらに体がぽかぽかと温まってくる。大鳥ではこれをトチバニンジンと呼ぶ。栃の木の葉っぱによく似ているからだそうだ。


01-4-e  《ヤマユリ》
「ヤマユリの花びらを漬けておくとヤケド薬になるよ」。おばあさんが奥の部屋の引き出しから、そっと小瓶を出してきて教えてくれた。


01-4-f  《ホオノキ》
大きな葉っぱと白い花が印象的で、山を歩いているとぱっと目を引く。葉はものを包む際に役立つ。大鳥では昔、朴の木の皮を集めていた。薬草として買い取ってもらえるのでまとめて採集して卸していたそうだ。樹皮は夏の土用の頃にはぎ取り、天日干しをして保存しておく。


01-4-g  《オトギリソウ》
数年前に肘折の女将さんに教えてもらった薬草になる植物。名前がちょっとこわいが、黄色の小さくてかわいらしい花が咲く。今年の春に取りよせて育ててみたが、すぐに枯らしてしまった。夏になり、乾燥したオトギリソウを一束譲ってもらい、35度の焼酎につけてみた。傷薬になるそうだ。日々瓶の中の色が変化していく。


01-4-h  《カキドオシ》
訪れた先で、その猫足の葉っぱがお茶になると聞き、乾燥の方法を教わる。どこか懐かしい味がする。祖母が昔、「薬草だよ」と言って、庭に植えて干して飲んでいたお茶があった。いま思えばあれがカキドオシだった。暑い夏の日、大鳥の人たちはたくさん採集したカキドオシを大きな急須にたっぷり煎じて飲んでいた。


01-4-i  《ドクダミ》
薬草について尋ねると、まず最初にドクダミの名前があがる。十の薬効があるので、十薬とも呼ぶ。白い花が咲く頃、とくに夏の土用の時期に摘み取ったものが強い効き目があるのだと聞いた。今年は道端でよくドクダミを見かけた。日陰でどんどん生い茂って増えていく。どこからか飛んできたのか、家の庭にも生え始めていた。


01-4-j  《薬草をしたためる ─トチノミ、マムシグサ、ツチアケビ─》


浅野友理子(Yuriko Asano)

1990年、宮城県生まれ。宮城県在住。2015年東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科修士課程修了。2020年ビルドスペースにて個展「植物をしたためる」、2018年馬喰町ART+EATにて個展「山のくちあけ」を開催。2019年青森県立美術館「青森EARTH2019 いのち耕す場所 農業がひらくアートの未来」、2016年はじまりの美術館「たべるとくらす」、塩竃市杉村惇美術館「若手アーティスト支援プログラムVoyage」、2013年-2018年灯篭絵展示会「ひじおりの灯」に参加。2020年「VOCA展2020 現代美術の展望 ─新しい平面の作家たち」大原美術館賞受賞。食文化や植物の利用を切り口に、様々な土地を訪ね歩く。これまでに山間地域の木の実食文化、土地ごとに受け継がれる在来野菜や救荒植物について、出会った人々とのエピソードを交えながら記録するように描いてきた。現地で教わったことを自身もなぞり、追体験する中で作品を作っている。
web:https://www.asanoyuriko.com/


作品データ


01-4-a〜i  浅野友理子《薬草木版画》(9種)

2020/紙、木版、手彩色/29.7×21cm


01-4-j  《薬草をしたためる ─トチノミ、マムシグサ、ツチアケビ─》

2020/アニメーション、紙、鉛筆、墨/編集・音響:福原悠介/音源提供(フィールドレコーディング):菅原宏之