現代山形考〜藻が湖伝説〜


〇五   祈りの絵馬と山寺と

最終更新日:二〇二〇年九月一一日

最終更新日:2020年9月11日


祈りの絵馬と山寺と

とある社会人向けのデッサン講座を担当していた時のことです。その頃、私は東北大学附属図書館で見たムカサリ絵馬というものに夢中になっていました。ムカサリとは婚礼のことで、事故、病気などで子を失った親が、架空の人物との婚儀の様子を描いた絵馬を奉納するという風習が村山地方に伝わっています。当時の私は描くことの意味に少し迷っていて、祈りそのものとして描かれた絵馬の存在が気になって仕方ありませんでした。講座を受講されている方が村山地区から来られているということを知り、ムカサリ絵馬の存在を聞いたところ、なんと亡くなった娘への絵馬を描くためにこの講座に参加しているということを聞かされました。彼女は「わたしは絵心がないので、この講座を通して写真のように上手く描けるようになりたい」と私に言いました。

「上手い絵」とは何だ?そう、ものを新たに生み出すということはもっともっと切実なものだったのではなかったか?これまでアートシーンと呼ばれる人工的な場所でキャリアを積み上げてきた私にとって、衝撃と共に打ちのめされる経験でした。「ムカサリ絵馬」を「展覧会」に「展示」することには様々な意見があるでしょう。しかし山形ビエンナーレを通して、これからものを作り出す若い人たちにぜひこの祈りの絵を見てもらいたいという強い思いが勝りました。

山寺という地域を掘り起こしていく中で、「山寺油絵展覧会」というものにも出会うことになりました。一九一一年、紅葉の季節に立石寺根本中堂で開催されたこのイベントは、今でいう「地域型芸術祭」の走りというべきもので、当時出品された高橋源吉の作品は今でも山形の小学校やドライブインなどにひっそりと飾られています。残念ながら展覧会というものには会期があります。高橋源吉作品は一〇〇年以上経ってもなお山形各地に残り、私たちに地域を眺める眼差しについて考えさてくれます。



この章の作家


山本亜季/青山夢/高橋源吉/東北芸術工科大学 保存修復センター/志村直愛