現代山形考〜藻が湖伝説〜


〇五   祈りの絵馬と山寺と

最終更新日:二〇二〇年九月一一日

最終更新日:2020年9月11日


ムカサリ絵馬について

ムカサリとは山形県村山地方の方言で、「迎える」から転じて「結婚」を意味する。ムカサリ絵馬は、未婚で亡くなった人の供養のため、婚礼の様子を描いて近親者が奉納する絵馬のことである。村山地方にのみ見られる習俗で、現存する作例では明治時代後期以降のものが確認されている。

生前婚約者がいた人に限らず、特定の結婚相手がいない場合であっても奉納される。「結婚して一人前」という価値観から、せめて死後の世界で結婚を、との思いから納められるようになったと考えられている。また幼少期に亡くなった場合でも結婚適齢期になる頃に奉納されることもあり、死後の世界でも成長するという考え方もうかがえる。

天童市若松寺や東根市黒鳥観音堂などの観音巡礼地、山形市立石寺などの観光地では、檀家に限らず広範囲の地域からムカサリ絵馬が納められている。特にメディアを通じて知られるようになった近年では、全国からの奉納の例もある。一方、上山市の久昌寺や長龍寺などの農村地帯では、奉納者は全て檀家の人々である。

地元の絵師が描いたものや、絵馬を納めた本人が描いたであろうものなど、制作者は様々だ。古くは三三九度の様子を描くものが最も多く、新郎新婦の他に仲人と雄蝶雌蝶と呼ばれる酌をする役割の稚児が描かれるのが一般的であった。その後は徐々に簡略化が進み、記念写真風に新郎新婦のみを描くものが主流となり、洋装の結婚式の様子を描くもの、写真を合成したものなども奉納されている。婚礼形態や時代の変化に伴い、そのかたちは変わりながらも、ムカサリ絵馬を奉納するという習俗は受け継がれてきた。そこには、死後の世界での幸せを願う近親者の思いが通底している。

このような習俗が一地方に根付き、現在進行形で続いていることは、近代以降の日本人の死生観や他界観の一端を知る手がかりとなるだろう。


上山市久昌寺のムカサリ絵馬


現代山形考:山寺ムカサリ絵馬 コラム

多くの参詣者が行きかう賑やかな往来とは打って変わって静かな立石寺中性院の堂内。そこには本尊に見守られるように、多くの絵馬が掲げられている。

この絵馬は「ムカサリ絵馬」と呼ばれている。主に未婚の死者の冥福を祈って奉納され、この地域の方言で結婚を表す「ムカサリ」という言葉の通り、結婚に関する図柄で描かれるのが一般的である。

立石寺中性院にはここを菩提寺とする檀家の絵馬が多く納められる。奥の院ではお焚き上げをしていた時期もあったが、現在は奉納数の減少などの理由から、お焚き上げを行っていないという。中性院のご住職は「ボロボロになった絵馬は仏様に届いたとみなし、お焚き上げをしていた。あの世に届けるという意味もある」と述べていた。この民具がただの絵図ではなく、死者の面影や生者の祈りを映すものであると同時に、仏に願いを届ける「絵馬」である、という考えがよく表れた言葉だと思う。

絵馬を描くのは絵師や遺族であることが多い。そのためか、絵柄も図柄も色彩も個性にあふれ、多様性に満ちている。一方、バックボーンを知らない我々が、この多くを語らない絵馬たちから何を感じ、何を受け取るのかは個々人の解釈にゆだねられている。

他の寺院なども見て回ると、死者同士の絵馬、顔をあえて描かない絵馬、花嫁と両親のみの絵馬と、共通の概念にとらわれない個性豊かな絵馬を見ることができる。立石寺中性院にも双子のために奉納された絵馬がある。幼くしてほぼ同時期に亡くなった双子の女児のため、遺族の方が「二人が今も生きていれば成人するころだから」と奉納したそうだ。「死者が死後の世界でも年を取り、結婚する」という信仰の形が伺える。

私がこういった絵馬を見て感じたのは、結婚に対する執着ではなく、死者に対する真摯な思い…すなわち、葬儀を終えてなお故人に何かをしてやりたい、何もしてやれなかった、せめてあの世では幸せにあってほしい、という遺族の痛切な念であった。

近年ではこの「ムカサリ絵馬」の一部分を切り取り、誇張し、怖い話にする向きもあるが、この習俗を知れば知るほど、触れれば触れるほど、そういった印象は薄らぐ。一枚一枚は華やかな結婚の図柄なのに、どこかうら寂しさを感じさせるのも、これが死者のものである、という先入観や、遺族の念に心を寄せてしまう我々の解釈ゆえだろう。

「物が語るから物語」とはよく言ったものだが、我々の心持、あるいは見方ひとつで、この華やかな結婚が描かれた供養の絵馬は、怖い話にもなりうるし、温かい風習にもなりうるのだ。

生者の憂いを払い、死者の幸福を祈る。「ムカサリ絵馬」とは死者と生者の心を繋ぎ、彼岸と此岸を交わらせる、「狭間」の習俗であるともいえよう。そこにはたくさんの思いがあり、願いがあり、想像があり、解釈がある。

だからこそ、私の目にはこの習俗が魅力的に映り、その気持ちや思いを未来へ受け継ぎたいと思うのだ。


山本亜季(Aki Yamamoto)

山形県生まれ、山形県在住。東北芸術工科大学歴史遺産学科卒業。東北芸術工科大学大学院修士課程(歴史文化領域)に在籍。民俗・文化人類学を専攻し、信仰や死生観、宗教、葬儀、供養などに興味を持つ。「ムカサリ絵馬」についての研究を行っており、卒業論文「何故〈ムカサリ絵馬〉は怖い話になったのか ─山形県村山地方の供養習俗の変遷に関する一考察─」では「ムカサリ絵馬」のホラーコンテンツ化について分析し、学科最優秀賞を受賞した。現在は「ムカサリ絵馬」の継承と当事者(主に絵馬を管理する寺院関係者)をテーマに研究を進め、現状記録と聞き書き調査によるデータベース作成のため、最上三十三観音など「ムカサリ絵馬」の所蔵寺院を回ってフィールドワークを行っている。


作品データ


なし