鮭を纏う
是恒さくら
毎年秋の決まった日に、「鮭のオオスケ」と呼ばれる大きな鮭が叫び声をあげながら、眷族をひきつれ川を上ってくる。その叫び声を聞いた者は命を落とす。だからこの日より前は漁を行わないーー鮭の王とも、鮭の妖怪ともいわれる鮭のオオスケにまつわる伝承が東北各地にある。鮭のオオスケの禁忌は禁漁期間をもうけることで乱獲を防いだとも考えられる。人の世界と鮭・魚の世界が交わる話は北海道や北米にもあり、海と川と人とを結ぶ物語は環太平洋に広がっているようだ。その昔、遠野が湖水であった頃、鮭の背に乗ってやってきた男が遠野郷に住み着いた最初の人間だったという。
毎年同じ川に戻ってくる鮭は、流域に暮らす人々にとって想像の彼方との間を行き来する存在でもあっただろう。人と自然の約束事のような物語を辿りながら、想像する。
人が、鮭を纏う。そんな着物をつくるなら、どんな意匠だろう。
鮭を纏う、そのとき人は、どんな世界を見るのだろう。
03-1-a1 是恒さくら《鮭川の鮭皮で服を縫う》（撮影：根岸功）
03-1-a2 是恒さくら《鮭川の鮭皮で服を縫う》（撮影：根岸功）
山形鮭紀行「鮭川のウライ漁」-1
山形県最上郡鮭川村では、毎年10～11月に「ウライ漁」と呼ばれる簗（やな）漁で鮭が獲られている。「ウライ」とはもともとアイヌ語で「簗」を意味する言葉だという。川の中にある金属柵の檻のようなものがウライだ。川を上る途中でウライの柵に導かれ入り込んだ鮭は出られなくなる。（2019年、写真：是恒さくら）
山形鮭紀行「鮭川のウライ漁」-2
岸辺には木箱が並べられ、次々と運ばれてくる鮭が放り込まれる。鮭は木の棒で頭を叩かれ気絶する。こうした棒は「エビス棒」とも呼ばれる。オスの鮭とメスの鮭、それぞれ別の木箱にわけられる。その後、卵が取り出されて人の手で受精される。ふだんは農業などしている鮭川村の人たちが、一年のこの時期はこうして毎日、ウライ漁に出るという。
（2019年、写真：是恒さくら）
山形鮭紀行「鮭川のウライ漁」-3
ウライ漁場の近くにあるふ化場を見せてもらった。涼しく薄暗いふ化場の建物の中では絶えず水が流れる。整然と並んだ小さなプールのような木箱の中にぎっしりと、白っぽいオレンジ色の鮭の卵が並んでいた。シーズン始めに受精した卵をよく見ると、小さな黒い目玉がくるくると動いた。（2019年、写真：是恒さくら）
山形鮭紀行「鮭川のウライ漁」-4
ふ化場の休憩室の小部屋に魚拓が飾られていた。シロザケに混じって川をあがってくることがあるという「マスノスケ」、キングサーモンと呼ばれるものだろう。古くは鮭の祖を「スケ」と呼んだという。「マスノスケ」が実在する魚の呼び名である一方、鮭のオオスケは鮭の古い祖先のような、王のような、はたまた妖怪のような偉大な存在として語られてきたのだろう。（2019年、写真：是恒さくら）
03-1-b1 是恒さくら《鮭川の鮭皮で服を縫う》（撮影：根岸功）
03-1-b2 是恒さくら《鮭川の鮭皮で服を縫う》（撮影：根岸功）
03-1-c1 是恒さくら リトルプレス《鮭を纏う》（撮影：根岸功）
03-1-c2 是恒さくら リトルプレス《鮭を纏う》（撮影：根岸功）
山形ビエンナーレ2020 オンラインストアにて、是恒さくらのリトルプレスを販売しております。以下のリンクよりご購入ください。
是恒さくら リトルプレス『Ordinary Whales /ありふれたくじら Vol.6 シネコック・インディアン・ネーション、ロングアイランド』
是恒さくら（Sakura Koretsune）
美術家。広島県生まれ、宮城県仙台市在住。2010年アラスカ大学フェアバンクス校卒業。2017年東北芸術工科大学大学院修士課程地域デザイン研究領域修了。2018年より東北大学東北アジア研究センター学術研究員。2016年よりリトルプレス『ありふれたくじら』主宰（Vol.1～5既刊、2020年9月にVol.6を刊行予定）。2018年「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2018」の企画展「現代山形考」参加。2019年「REBORN ART FESTIVAL 2019」（宮城県石巻市）参加。リアス・アーク美術館（宮城県気仙沼市）、塩竈市杉村惇美術館（宮城県塩竈市）、Cyg art gallery（岩手県盛岡市）などで展示多数。北米や東北各地の捕鯨、漁労、海の民俗文化についてフィールドワークと採話を行い、リトルプレスや刺繍、造形作品として発表する。
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