現代山形考〜藻が湖伝説〜


〇八   見果てぬ夢、ありえたかもしれない世界

最終更新日:二〇二〇年九月一一日

最終更新日:2020年9月11日


SAGAE METABOLISM CITY REFLECTED ON THE LAKE 2
森岡督行

寒河江市西根に生まれたものなら、誰もが知っている藻が湖伝説。子供の頃、「ずっと昔、このあたりは湖だった」という、地域のお寺のご住職の語りを、小学校やお寺の境内で聴きました。それが伝説ではなく、子供ながらに本当だと思えたのは、西根は、湖の西側の船着場であり、その反対に、東根が、湖の東側の船着場だったという言い伝えがあったから。実際に、西根には船着観音という神社があり、そこで遊んでいた私たちは、周囲より少し高い丘の地形に、このあたりが西根の船着場だったと確信したものでした。祖父と祖母も「むがし湖だったらしい」と言っていました。

山形盆地の真ん中は田畑が広がっています。本来なら盆地の中心に街が築かれてもいいのに、山形盆地の場合、お盆の縁のあたりに古い街が連なっています。このあり方も、真ん中にあった湖が干上がった名残なのではないかと考えたりしました。

大人になって、寒河江の慈恩寺を訪ねたとき、もし藻が湖が実在したなら、この場所に慈恩寺を建立した訳がわかったような気がしました。慈恩寺の社が点在した裏山の山王台に登ると山形盆地が見渡せます。つまり藻が湖が一望できる絶景が広がっていたということ。逆に、西根に着く船からは、慈恩寺の三重の塔が見えたでしょう。それがどれだけ神々しかったことか。私は寒河江に伝わった伝説を夢想せずにはいられませんでした。

話は変わって、寒河江には黒川紀章が設計した寒河江市役所があります。黒川紀章は、「人口の増大と技術の発展に呼応して更新される都市の成長を説く建築運動」たるメタボリズムの旗手として知られています。しかし、寒河江市役所にはその要素がないと、常々、思っていました。ところが2019年、建築家の今井和夫さんから、寒河江市役所の階段に関する見解をきいて、目から鱗が落ちました。「屋根まで突き出るような階段が如何にも不自然で、もしかしたら、メタボリズムの特徴通り、この上に構造体を増築していくことを考えたのではないだろうか」。寒河江市役所は、寒河江の発展とともに上層に構造体を増殖していく建築だというのです。その見解をきいたとき、私は、寒河江の来なかった未来を夢想せずにはいられませんでした。

そこで今回、私は、これらの光景をドッキングさせてみました。すなわち、幻の藻が湖に映える増殖した寒河江市役所。あったかもしれない風景とあり得たかもしれない風景。伝わった伝説と来なかった未来。

まだまだ下書き段階ですが、イメージしているうちに、先人の、寒河江を日本の中心に変えようとしたともいうべき構想が、湖面の彼方に、じょじょに浮かんできました。


08-3-a  森岡督行《SAGAE METABOLISM CITY REFLECTED ON THE LAKE 2》
寒河江市は、細胞単位が増殖するように成長できるというメタボリズムの理論を実行し、住宅をはじめ学校、病院、美術館、図書館、体育館、プール、スーパー、といった、市民生活に必要な施設の全てを、寒河江市役所型の建築に集約することに成功しました。これにより、寒河江市は、都市型社会と農村型社会が完全に融合。次世代の都市として期待され、将来の急激な人口増加に備え、寒河江市役所型の構造体はさらに増殖されることが予想されます。その前夜、伝説の藻が湖が最新のテクノロジーで復活を果たし、湖面に映った寒河江市が、アイコンとして、人びとのこころに刻まれるのでした。


森岡督行(Yoshiyuki Morioka)

1974年山形県寒河江市生まれ。森岡書店代表。著書に『BOOKS ON JAPAN 1931 – 1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『荒野の古本屋 』(晶文社)などがある。企画協力した展覧会に、「雑貨展」(21_21 DESIGN SIGHT)、「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ2016)、「Khadi インドの明日をつむぐ」(21_21 DESIGN SIGHT)などがある。京都・和久傳のゲストハウス「川」や、「エルメスの手しごと」展のカフェライブラリーのブックセレクトを担当した。新潮社『工芸青花』のサイトで日記を連載中。資生堂『花椿』サイトで「現代銀座考」を連載中。2020年5月には伊藤昊写真集『GINZA TOKYO 1964』を企画、編集、出版。オンラインにて販売中。
web:http://www.moriokashoten.net/
sns:@moriokashoten


作品データ


08-3-a  森岡督行《SAGAE METABOLISM CITY REFLECTED ON THE LAKE 2》