現代山形考〜藻が湖伝説〜


〇八   見果てぬ夢、ありえたかもしれない世界

最終更新日:二〇二〇年九月一一日

最終更新日:2020年9月11日


球体の家の茶室
永岡大輔

まず、想像してみて欲しい。例えば、今あなたが駅から住んでいる家まで、幾つもの家やアパートメント、マンションの前を通過して来たかもしれない。その時、あなたはそこに確かに存在する人の営みにより、勇気づけられる事はあるのだろうか?或は、そもそもそこに人間の営みが確かに存在していると感じる事はどの位あるのだろうか?

私は今、たった1本の線を引くため、家を作っている。正確には、球体型の家を建てている。この家は、中で生活するとそれに合わせて転がりだし、生きた事実が大地に線を描く。ただ線をひく手段と言えども、家という建築物は、住むという行為が前提にある。したがって家を完成させることには、そこで使用するための生活用品、農や食の在り方といった生活に関わるあらゆる要素が含まれている。それだけではない。身体を通し蓄積する体験は、コミュニケーションや我々の考え方をはじめとする精神活動そのものへも大きく作用する。要するに生きること自体が対象と言ってもいい。

故に、球体の家が転がり描いた線は、現代の我々の世界に溢れる様々な線を新しくするだろう。様々な線とは、通念や概念のことだ。

球体の家の世界では、生活することや生きることは移ろうことと限りなく同義になる。家には装飾性よりも機動性が、拡張よりも凝縮が求められる。地震や津波などの災害時には、住居ごとそれを回避することが可能となる。汎用性に富んだ家具や生活用品がよしとされ、物の価値が変わる。土地を所有するという概念もなく、社会のデザインや経済のシステムが、ひいては人々の思想までもが既成社会とは全く異なるものとなる。

さて、話を線に戻す。大地に描かれた線の事。仮にあなたが球体の家の中で生活をしており、気がつくと誰もいない荒野に1人辿り着いたとする。あなたの家以外、何も見当たらない。きっと大きな不安が胸をよぎるだろう。このまま転がり続けて生きてゆく事ができるのだろうかと。そして、その不安と共に家の外に出てみると、地面には数本かつて通った家の跡が線として残されている。線は右に左に蛇行しながら荒野の果てに消えて行く。この線の発見は、俄にあなたを勇気づけるものになるだろう。このまま転がり続けることが可能かもしれないと言う事が、幾本の他者の営みが描いた線により信じる事ができるのだから。他者の存在とは本来そういう力を内包している。

今回の展示では、2022年に完成を目指す『球体型の茶室』の途中経過を発表する。茶室が球体であったなら、どのような茶会なのだろう? そこでのコミュニケーションや時空とはいかなるものだろう?このプロジェクトを通じ、通念や概念という線が新しいものとなり、よく知る世界と全く別の方法で再会することを提示したい。これがあり得るかもしれない我々の世界への1歩かもしれないのだ。


08-4-a  永岡大輔《球体の家》


08-4-b  永岡大輔《球体の家 回転図》


08-4-c  永岡大輔《球体の家の茶室 CG》
球体の家で生活する際の家の回転に合わせたシーンと機能をあらわしたもの


08-4-d1~4  永岡大輔《球体の家の茶室 模型》
球体の家の茶室の1/10模型(外観と内部)


08-4-e1~4  永岡大輔《球体の家 実験:床の形状と身体への影響 寝ることについて》
床の形状と、転がる床の上での睡眠の実験模様(2019.10.16~24 実施)


08-4-f1~2  永岡大輔《球体の家 実験:床の形状と身体への影響 食べることについて》
床の形状と、転がる床の上での食事の実験模様。2人での食事を実験(2020.6.5 実施)


08-4-g  永岡大輔《球体の家 回転しながら思考するために》
回転させながら使用する黒板。上下左右がないのと、回転し書き続けることで自由に何層にも重ねながら思考できる


永岡大輔(Daisuke Nagaoka)

1973年山形県生まれ、東京都在住。Wimbledon School of Art修士修了後、国内外にて個展・グループ展による発表多数。記憶と身体との関係性を見つめ続けながら、創造の瞬間を捉える実験的なドローイングや、鉛筆の描画を早回しした映像作品を制作する。また、平面や映像作品以外にも、朗読体験を通して人々の記憶をつなげるプロジェクト『Re-constellation』による公演や、現在では、新しい建築的ドローイングのプロジェクト『球体の家』に取り組むなど、様々な表現活動を展開している。
web:https://www.daisukenagaoka.com/
Facebook:https://www.facebook.com/nagaoka.daisuke/


技術補助:坂本大幸(Hiroyuki Sakamoto)

1980年北海道生まれ。2011年東京藝術大学デザイン科修了。2016年より(株)ナノ・ユニバースにてweb制作業務に従事。web上での表現を基軸に、アーティストへの技術補助、展覧会での技術協力を主として活動中。
web:https://sakamotohiroyuki.com/


作品データ


08-4-a  永岡大輔《球体の家》

2020/デザイン:サイトヲヒデユキ


08-4-b  永岡大輔《球体の家 回転図》

2020


08-4-c  永岡大輔《球体の家の茶室 CG》

2020


08-4-d1~4  永岡大輔《球体の家の茶室 模型》

2020


08-4-e1~4  永岡大輔《球体の家 実験:床の形状と身体への影響 寝ることについて》

2019


08-4-f1~2  永岡大輔《球体の家 実験:床の形状と身体への影響 食べることについて》

2019